普通車では
普通車では、昭和38年にまず日産が生産を開始し、39年トヨタとプリンスが参入したが、41年には早くもプリンスが脱落し、トヨタ、日産の寡占が(40年の83・0%を除き8~10割)、より正確にいえばトヨタの独占というべき体制(43年、95・9%)が確立した。
しかし、乗用車工業にしめる地位は全く低く、43年でようやく1・2%をしめ、特殊な需要に応じたにすぎませんでした。
小型乗用車の生産は、36年には日産、トヨタを軸として(76・8%)いす父、日野の戦前メーカー、三菱、プリソス、富士重工の航空機からの転換メーカーがこれを追いかけたにすぎなかったが、37年三輪車メーカー東洋工業が、38年同じくダイハツ、二輪車メーカー本田が、40年鈴木が、この分野に新規参入し、合計11社に達しました。
そのためほぼ7~8割をしめつづけたトヨタ、日産の寡占体制がややくずれて40年には7割弱(39年70・3%、40年67・3%)に減少しました。
この発展が今のミツオカ 中古車を支えています。